おいしい食事と美しいものは生きる希望になる【うつわから、はじめる】

特別対談
宮下将太(陶芸家)×大村隆亮(ab restaurant)

東京・四ツ谷のフレンチレストラン「ab restaurant」で開かれた「彩食兼美」は、同店のシェフ、大村隆亮氏と、岐阜県多治見市に工房をもつ陶芸家・宮下将太氏がコラボレーションしたポップアップイベントだ。レストランでは一般的に、さまざまな作家の皿や器を使って料理を提供することが多いが、本イベントでは、最初から最後まで宮下氏の器だけで、20品の料理を提供するというもの。さらに使う食器はすべてボウル型で、変わっていくのは釉薬による色や風合いであるのは、イベントをさらに特別な存在にしている。

美容師から陶芸界に入った異色の経歴をもつ宮下氏と、20代で店を構えた気鋭のフレンチシェフの大村氏が出会ってもうすぐ4年になるという。陶芸家とシェフという、異なる職業ながら、同じ食をフィールドにして活動を続け相互に刺激を与える存在である二人のはじめてのコラボレーション。イベント終了後に話を聞いた。

イベントならではの挑戦でチームにとっても好影響

――普段の個展や、レストランでの営業とは異なるイベントを終えて感じたことを教えてください。

宮下将太氏(以下、宮下) 作品一つひとつに対して質感や結晶の出方、グラデーションのあり方など、ただの赤や緑ではない深みをすごく大事にしています。それが個展や食器屋さんでは、バーっと並んでいる状態。もちろん自分自身がすべての場面で接客できませんから、ギャラリーやショップの方々にお願いしているわけですが、一つひとつのこだわりがどこまで届いてるのかと不安に思うことがあります。そういうなかで、今回は20枚の器一つひとつを主役にできる会で、大村さんが器の意味まであわせて料理を考えてくれました。

レストランの良い照明、良い空間で、出てきてお客様が喜んでくださっているシーンを間近で見ることができて、しっかりした届け方ができてすごく嬉しかったです。

大村隆亮氏(以下、大村)  20品のコースというのは初めての経験です。通常、当店では7品ほどのコースですので、約3倍の内容です。意識したのは20品のなかでどう流れを作るかということ。お客様が「おいしかったけど、何を食べたかわからなかった」ということがないように、波のような緩急をつけ、お料理一つに対しての意味づけをしっかりしていくことを考えました。

普段の当店のコースは、フランス料理の王道的な流れで、冷たいお料理から少しずつ温かい料理になり、それにしたがって味わいも濃くなっていき、デザートで落ち着かせるような流れを考えています。

当店では、お客様にご接待で利用していただくお客様も多いので、奇をてらった流れや過度な料理説明は、お話しの邪魔になってしまうことがあります。当店に来ていただき、お食事の話が弾むようなことを意識しているので、普段はやらないようなことにも挑戦できました。

――普段やらないこととはどんなことでしょうか?

大村 普段は、国産食材を使うことが多いですが、イベントではフランス産の食材を大胆に使うことができました。

とくに今回のように宮下さんのボウルに合わせていくというコンセプトも決まっていて、お客様もそのイベントを楽しみに来てくださる。すごく自分の個性といいますか、やりたいことの表現の場で料理ができました。無茶であればあるほど燃えるっていうか、滾(たぎ)りますよね。

また、僕自身のモチベーションもありますが、それ以上にスタッフのモチベーションアップにもなります。スーシェフの山本正太にとっても普段はやらない仕事だったり、扱わない食材に触れられたりするのは大きな経験になったと思います。また今回は、ペアリングを当店ソムリエールの高柳莉乃が一人で考えました。20品すべてにペアリングするわけにもいかないなかで、数品に合わせていく方法をうまく考えてくれたと思います。

1989年生まれの大村氏と、1992年生まれの宮下氏。歳が近いこともあり、コミュニケーションもとりやすいようで、旧来の友人のように楽しそうに言葉を交わしていた。
JR四ツ谷駅と市ヶ谷駅のほぼ中間に位置するフレンチレストラン「ab restaurant」。普段は、大村氏が直接訪ね歩いた国内の生産者の食材を中心に、フランスの伝統料理から着想を得た料理をコースを中心に提供している。
宮下氏と大村氏の初のコラボレーションイベント「彩食兼美」は、5月26日(金)、27日(土)に開催された。

黒煌とchaosに盛りつけられた新旧の鴨料理

――料理はどのように考えていきましたか。

大村 料理人は、食材から料理を考えることが多いのですが、今回は器から料理を考えるという経験自体が初めてでした。いつもの頭の中をガラッと変えて考えていく必要があります。でも、実際に進めていくとこういう料理の生みだし方があるな、とおもしろさと手ごたえを感じました。

たとえばメインのカモ料理は、「黒煌(こっこう)」と「chaos(ケイオス)」といいう器を使わせてもらいました。どちらも黒い器です。

黒煌は、実は僕がはじめて買った宮下さんの器です。ab Restaurantがオープンする直前ですから今から4年近く前のことです。青山ファーマーズマーケットで出会ったんですよね。

一方でchaosは、黒煌と同じ金属結晶シリーズではありますが、質感や輝きが違うもので、宮下さんのなかでも最新のシリーズの一つ。

宮下さんとは、ずっとお付き合いさせていただいていて、器に対する深化を近くで見させてもらっているのもあって、時間の経過を料理にも出せたらと思い考えました。

宮下 釉薬をやるなら、まずは白か黒がいいだろうと考えて始めたのが黒煌でした。黒い器は、あらゆる陶芸家が作っていると思うんです。そのなかで、最初の一色目に黒を選んで、かつ誰とも被らない黒をつくりたいと考えました。僕はある程度コンセプトを考えてから作陶をはじめることを大事にするので、黒という侘びた存在のなかに、七色の結晶が出るような、陰と陽が混在しているというテーマにしたんです。

一方で、新しいchaosは、結晶が三角形の構造になっていて、近くで見るとそれが虹色の輝きを放つ。幾何学性と虹色の結晶の羅列が、すごく宇宙を感じるので混沌という意味のchaosの名をつけました。

虹色の結晶でややマットな感じの黒煌と、細かい結晶が敷きつめられたことで、ラメのように全面にツヤがあるきらびやかなchaos。同じ金属結晶の2シリーズではありますが、まったく違うものでもあります。

大村 宮下さんの作品のなかでも大切な2つのシリーズを使わせてもらうのなら、僕にとっても大切な鴨の料理にしたいと思いました。当店の夜のコースのメインでは、必ず青森県新郷村産の「銀の鴨」を使わせていただいています。オープン当初から変わらない思いいれの深い食材でもあります。

――カナルディエ協会が認定する「メートル・カナルディエ」を世界最年少で取得した大村さんですから、鴨料理には特別な思いがあったのではないですか?

大村 はい、そうですね。フランス料理にとっても意味深い鴨料理ですから、過去と現代の視点で対比させるような仕立てにしました。

黒煌は、たっぷりの赤ワインを煮詰めて、フォン・ド・ヴォー(仔牛の出汁)を加えたクラシックで濃厚なソースです。古代ローマの美食家で料理人のマルクス・ガビウス・アピシウスの名前をいただいています。一方のchaosには、肉からでるジュース(汁)を意味する「ジュ」の名前をつけたように、鴨の骨を焼き、野菜とともに煮出した軽やかな現代的なソースにしています。

鴨自体の火入れは、どちらも炭火焼きですが、黒煌の方の鴨は、やや深く火を入れてあるのに対して、chaosはややレア気味、ギリギリの浅い火入れにしています。これは、フランス料理におけるキュイソン(火入れ)の変化を意識していて、chaosの方がより現代的な火入れにしています。

chaos 新 銀の鴨 ジュ

――Jewel goldの器も印象的でした。

宮下 宝石みたいな器をつくりたいと思ってはじめたジュエルシリーズの1作です。伝統的な梅花皮(かいらぎ)という釉薬を使っています。

焼き物は、生の状態に比べて焼きあがると1割ぐらい縮むんです。その土と釉薬の収縮率を釉薬の方がより縮むように設定すると、ちぢれて固まり、こういった質感が生まれるんです。

その伝統的な技法に、最新の技術で細かくナノ化した24金それを全面に塗って焼きつけるのを繰りかえして、金の粒がたくさんついてるような状態になっています。

大村 まさにゴージャスといえる器を、あえて黒煌とchaosのあとにもってくることで、最後に盛大な打ち上げ花火をあげて終わりたいなっていう話を二人でしたんです。お客様にも喜んでいただけたと思います。

お料理は、ゴールドとの言葉遊びで、少しずつ出始めてきたスイートコーンの「ゴールドラッシュ」と中国の高級ハム「金華ハム」のリゾットです。最後に金箔を飾って大きな打ち上げ花火をあげました。

「jewel gold」 ゴールドラッシュ 米 金華ハム
器の流れを二人で決めた後、大村氏が器から料理を考えていった。

職人でもアーティストでもない、変革者になりたい

――形は同じボウル型にして、釉薬を変えていくスタイルにどんな意図がありますか?

宮下 僕は一つのマスターピースをつくって、それをまったく同じようにつくれるシステムを目指しています。自分でやらなくてもいいことはせず、やるべきことに集中する。僕なりに最高のものを出せるように考えた結果、今はチームで作るスタイルを採用しています。

作品に対する偶発性をなくしていくようなやり方を批判されることもあるのですが、僕は陶芸は適材適所だと思っています。機械を使った方がよければ使うし、手作業でやった方がよければ手作業をする。

それは、いわゆる分業制で、さまざまなアーティストたちが輝くショービジネス界、ファッションや映画、音楽の製作現場では、当たり前に行われていることです。

分業制で、アーティストがすべての制作を担っていなくても、アーティストは存在している。陶芸でもそれができたらと考えています。

――分業のなかで宮下さんがやるべきこととはどんなことと考えていますか?

宮下 新しいことにチャレンジして失敗することです。この失敗の積みかさねによって作品の幅が広がっていくと思っています。

大村 分業制だから再現性が高いのかというと、必ずしもそうではないですよね。1枚として同じ皿はないですから。釉薬の垂れ方など、同じ皿を作っているつもりでも、ちょっとずつ変えてるんだろうなと思います。

宮下  変えるというより「アップデートしている」という方が近いかも。

大村  宮下さんを近くで見ていて思うのは新しいものが好きということ。いろいろな技術を取りいれるだけでなく、3Dプリンターを使ったオブジェの制作など、多くの人がイメージする山奥でひとりで作陶するような陶芸家さんじゃないんです。

すごくファッショナブルだし、デザイナーさんやモデルさんといわれても信じてしまいそう。そういう点からも、習慣や伝統というのを越えて、「いいものはいいじゃん」という考え方をされているから、新しいものはどんどん使うし、効率的であることをポジティブにとらえているのではないでしょうか。

宮下 僕が釉薬でおもしろいと思っているのは、コピー(複製)はできても、コピー(模倣)できないということです。僕の中に材料の種類やレシピ、焼き方があって、そのすべてのピースを埋めないと、僕のつくっているものは複製できない。つまり、すべてのピースをもっているから僕だけが複製することができるんです。だからアイデンティティは、僕にしかない。それに気が付いてから、釉薬を僕の作品の一つの軸にするようになりました。

僕は、元美容師で、陶芸界の外から来た人間だという意識が強いので、だからこそ僕にしかできないことをしたいという意識は強くあると思います。だから、大村さんのような外の世界の人たちとコラボレーションしている。

それは最近、釉薬そのものとすごく似ていると思うようにもなりました。いろいろな素材を組み合わせて新しい結晶を作るので、それが異なるものを合わせて新たなものを生みだす活動とリンクしているように感じるんです。

――陶芸家は職人的なイメージもありますが、宮下さんはどちらかというとアーティストに近いように感じます。

宮下 自分では職人でもないですし、アーティストでもないと思っています。適当な言葉が見当たらないのですが、変革者みたいな存在になれたらいいと思っています。陶芸界を変えたいというのとともに、大村さんがイメージしたような隠遁した頑固者というような陶芸家のイメージも変えていきたい。僕みたいなよそ者で新しいことをやっている人間がいるよっていうことを伝えることで、陶芸家を目指すおもしろい人が増えてたらいいですね。やっぱり、自分がいる世界を盛りあげたいと思っているんです。

――器を使っている人に対しての変革者の意識はありますか?

宮下 それはないです。自分の意見とか、器をこう使ってほしいとか、そういうのはないです。器としてでなく、オブジェとして飾ってくださる人もいるし、お花を生ける人もいるし、アクセサリー置きにする人もいます。作品としては、僕は良いと思うものをつくったことで完結してるので、そこから選んでいただいている点ですごい光栄でありがたいことだと思っています。

大村 そういう点では、レストランも選んでいただいた時点で完結してるので、こういう風に利用してほしいというのはないですね。

宮下 今回の「彩食兼美」では、テーブルセットもつくらせてもらいました。器と料理だけでなく、全体の構成まで考えることができるのは、すごく良くて、自分にとっても考えを広げるきっかけになったなと思います。

そもそもボウル型のみで、釉薬だけが変わっていく企画のなかで、コントラストになるような形があるものが必要に感じ3Dプリンターを使ったテーブルセットをつくっていったのですが、テーブルの外も僕の意識がないとダメだと思うようになって、途中から彫刻も展示していいですかといわしてもらって作りはじめました。1カ月ぐらいでどんどん増えていった感じです。

「彩食兼美」の最初のひと品は、無釉薬の器から始まった。器には、新タマネギとカブのスープが盛りつけられている。無垢の器から、釉薬によって器の個性が生まれることを伝えるような演出。カブの葉を乾燥させたパウダーとバジルのオイルを添えたのは、大村氏のアイディア。「パウダーとオイルが釉薬の役目をしていて、新タマネギとカブだけでつくったスープに劇的に変化を与えます」。
テーブルには、宮下氏が用意したオブジェが配された。店の入り口には、宮下氏が撮影した釉薬の写真が展示されたほか、陶芸中の音をサンプリングしたBGMを流し、五感すべてを刺激するインスタレーションアートと呼べるものだった。

アートが評価されるのは生きる希望になるから

――イベントを終えて、価値観の変化はありましたか。

宮下 レストランでの食事は、生きていくための食事と違うことを改めて感じました。そもそも、生きていくこと自体の軸も変わってきているというか、生きていくラインが変わってきていると思うんです。

というのも、人類の長い歴史のなかでは、狩猟や食物採集をしていた時代もあって、つい数百年前まで、食べるものがない時代もありました。もちろん、現代でも食糧難の国や地域がありますが、日本では多くの人が生きていくための食事に困ることはなくなってきています。

豊かな時代になったといえる一方で、社会構造がどんどん複雑化した弊害からか、ストレス社会といわれ、生きること自体が難しくなってきています。自殺者が多くなっているのも、そういった時代を象徴しているように思います。

だからそれぞれの生きる以外の目的を見つけないといけない時代のなかでアートが評価されているのは、それが生きる希望になるからだと思うんです。そして今回レストランに対して感じたのは、おいしい食事は、美しいものと同じように生きる希望になるということ。だから、何かそこには意味があるのかなって思っています。

大村 たしかに、高いお金を出してフランス料理を食べに行かなくても生きていけるといえば、その通りなんです。500円出せばそれなりのものが食べられますから。一般の方だったらフランス料理を一生食べない人も、もしかしたらいらっしゃるかもしれない。

そのなかで付加価値というか、生活の質を上げるものがレストランの役割なんだと僕は感じています。そして器も、同じように生活の質を上げるものだと思っています。

――イベントに参加した人も、器について改めて考える機会になったと思います。大村さんがおっしゃるように、イベントに参加された方の生活が少しでも豊かになれば、コラボレーションした大きな意味になると感じました。お疲れのところありがとうございました。お二人のコラボレーションはとても刺激的ですので、ぜひ続けていただきたいです。

宮下 ありがとうございます。次は僕の拠点である岐阜でまずはやりたいよね。

大村  そうですね、まずは岐阜で季節ごとにやりたいですね。日本は2週間に1回のペースで季節はかわっていくので、季節の移ろいをまた表現したいな。

text by Ichiro Erokumae photos by Hayato Tamura

Profile
宮下将太 | 陶芸家
1992年生まれ、神奈川県出身。幼いころに千葉県木更津市に移住。2010年に東京、表参道にて美容師に従事。2013年には東京、表参道にてレストランにも従事した。2017年に陶芸に出逢い、岐阜県土岐市に移住、弟子入り。2019年に独立し、岐阜県土岐市に工房を構えた。
オフィシャルサイト:https://www.shotamiyashita.com/
大村隆亮|ab restaurant シェフ
1989年生まれ。埼玉県出身。専門学校卒業後、渋谷松濤のフランス料理店「シェ・松尾」にて5年半研鑽を積む。24歳という若さで成城店のスーシェフを務め、同年、鴨調理専門資格「メートルカナルディエ」を世界最年少で取得した。その後、大手飲食企業を経て、フランス本国では二つ星を獲得している「ティエリー・マルクス銀座店」で修業。さらに飲食経営者である実兄が経営するビストロ「ネオビストロ MURA」にてコンサルタント業をスタートし、2019年9月28日、東京・市ヶ谷の地に「ab restaurant」をオープンした。
オフィシャルサイト:https://ab-yotsuya.com/
Data
ab restaurant
住所:東京都新宿区市谷本村町2-19 美術出版アカデミービル1階  MAP
電話:03-6457-5898
https://ab-yotsuya.com/
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